プロフィール

プロフィールページにお越し頂き、ありがとうございます!

藤井康之ってどんな人?
っていうのがこのページを見てもらうとわかるようになっています(^^)

結構な長文になりますので、
お時間ある方は読んでみてもらえたら幸いです♪

今、こんな感じ

山口県出身広島市在住
妻、娘、息子の4人家族
漫画とゲームが好きなインドア派(笑)
元柔道整復師
速読インストラクター暦10年
自分らしく生き生きと生きることに貢献するということを軸に
精神的豊かさと経済的豊かさの実現の土台を提供中

精神的豊かさは、
右脳活性をベースにした自分らしく生きる脳をつくる
自分らしさ脳育成講座

気軽に右脳活性をし放題の
オンライン右脳活性コミュニティ
WaiWaiのわを運営

経済的豊かさは、
お金に関しての基礎的教養、個別相談
お金を味方につけて人生の幅を広げることを提唱中

右脳に興味を持ったきっかけは?

右脳活性に興味をもったきっかけは、
高校1年生のときに読んだ「奇跡の右脳革命」という本を読んだことでした!!

その当時、野球をやっていたのですが、
守備の時に送球をするのにイップスぎみな状態になってしまうのが自分の課題でした。

「ちゃんと投げなければ・・・」

という想いが強すぎて、委縮していまい、上手く投げられない。

といった感じ。
この原因はメンタルの弱さだと思っていた僕は、
どうしたらメンタルは鍛えられるのだろうか??
と常に考えていました。

そんなときに、
右脳の可能性を本を読んで知り、

「この眠ってる脳の力が発揮できたら、このメンタルの弱さも克服できるのでは!?」

という想いが湧いてきて、
右脳や潜在能力、自己啓発という分野に興味を持ち始める
高校生が誕生しました(笑)

このときから本屋さんにいくと、
自己啓発コーナーにも行くようになります(笑)

通信教材での自己投資を始める専門学校時代

小学校から高校生まで野球をしていたのですが、
ケガが多かった僕は、柔道整復師(整骨院の先生)を志します。

なぜか、中学校ぐらいから
将来はサラリーマンではなく、自分のやりたいこと仕事にしたい!
という想いを持っていたので意外と自然な流れです。

実はその前に、競艇選手の試験を受けて、
最終選考であえなく不合格なんて経験も(^^)
詳細を聴いてみたい人は、お会いしたときにでも聴いてくださいな♪

さて、柔道整復師を目指す学生になった僕は、
あることを思いつきます!

「勉強することが増えるから、速読できるようになった方が得じゃね?」

っていう(笑)

高校生のときに読んだ右脳の本には、
右脳が活性化すると速読ができるようになるよ!
と書いてあったのです。

右脳に関しての詳細は、
こちらのページで書いておりますので、
気になる方はこちらから(^^)/

専門学校時代は広島の大竹市に引っ越していたのですが、
その当時、広島に速読を学べる場所はなかったので、
速読の本を買って読んだり、
ネットで調べたり、通信教材を買ってみたり。

そんなこんなしてたら、
20万円ぐらい速読関連にお金を投資しました!
その当時のバイト代は時給680円っていう(笑)

その結果!!
晴れて速読ができるようになりました(^^)/

ってなればよかったですが、
残念ながら全くよくわからずでした。

あとあとわかったのですが、
速読は感覚で身に付けるものであって、
通信教材ではやり方を頭でわかっても、
それが合ってるかどうかの感覚がわからなかった。

身に付けるためには繰り返しが必要なのに、
合ってるかどうかわからないことを繰り返すことはできず、
身に付かないっていう流れです。

さらに、専門学生時代にした自己投資はこれだけではありません。

それは3年生の春休み。
合宿で車の免許を取りにいったときのことです。

なんと、、、
仮免許で落ちてしまったのです!
さらにさらに、
インフルエンザにもなるっていう。。。

合宿でホテル泊りなので、
無駄に宿泊料が高くなってしまうという事態。

そこで、僕はこう思ってしまうのです!

「こんなメンタルで来年から社会人になるのに大丈夫か?
弱い自分を変えなきゃ!!」

と。

そんなときに読んでいた本に、
6カ月間のコーチングプログラムという教材が目に留まります。

お試し版が本には付録されていて、
それを聴くと、これなら変れるかも!!

っと購入し、実践。
その方にハマり、その後も教材を買い続けていたら
またまた20万ほど使っておりました(笑)
この当時は、働きを認められ時給710円になっているときです(笑)

ありがたいことに、
たとえ話がわかりやすいということを言って頂けることがあるのですが、
それはこのときに教材の実践がベースにあるからかなと感じております。

18~21歳のときに、
遊びやオシャレだとかよりもそういったことにばかり
バイト代をつかう専門学生時代なのでした!

無事に柔道整復師に合格し、就職で大阪に引っ越しました。

苦痛の(笑)整骨院時代

整骨院時代はきつかった~!!

朝9時出勤、遅番で週1回ぐらい11時出勤。
終わるのは24時ぐらいが普通の職場でした。

休みは日曜日のみ。
その休みすら職場の行事で潰れることもたまにある。

書きながら思いますが、かなりやばいっすね(笑)

さらに衝撃なのは、
国家資格合格のための3年間の専門学校時代の学びは
現場ではほとんど役に立たない!!

何の資格を持っているかではなく、
何ができる人なのか?

の方がよっぽど大事だわ!っと身をもって体感しました!

本当に嫌だったは、
先輩が院長がいなくなった不平不満愚痴ばかり言い始めること。
院長がいるときは、
院長に合わせているのに、いなくなったら急に変わる。

自分の理想の働き方は、
仕事が楽しくって仕方がない!!
って状態だったので、理想と現実のギャップをまざまざを思い知らされたのでした(笑)

この時代、
ストレスフルすぎて、
まぶたがめちゃ腫れてたり、
鼻と唇の間があかぎれのような状態になって腫れてたり、
腹痛で救急車で運ばれたら便秘だったり(笑)

なんかいろいろありました(^^)

ただ、大阪にいくきっかけになったのは、
この整骨院に働くためだったので、
今は大阪に行くきっかけをくれたことに感謝です♪

速読スクールとの出会い

そんな整骨院ライフを送りつつ、
現場のは現場で勉強をしないといけないのに、
その時間が全くない。

そんなときに、
SNSを通じて速読インストラクターという人がいることを知ります!

そして、体験セミナーを受けたところ、
その場で文字数が伸びたことへの感動と、
右脳活性にもつながるということをすでに知っていたので、
受講を開始します。

ちょうどそのころに、
整骨院を退職することになります。

2年間の勤務でしたが、もっと広い世界を知りたいということで、
フリーターとなります!

速読スクールにはその後も継続して通っており、
速く読めるようになるというよりも、
右脳活性をすることで、どんどん日々が生きやすくなることへ感動がありました!!

その当時24歳だったのですが、
速読スクールでの飲み会中に40~50代の受講生さんに

「藤井くん、そんなに若いのにそんな考え方で大丈夫??」

と、頭の固さを心配されてるぐらい
~しなければ、ちゃんとしないとだめ!!
という感じでガチガチだったんです(笑)

左脳に偏りまくりな状態です!
自己啓発本ばかり読んでいたので、頭でっかちになっていたんでしょう。

それがどんどんゆるまり、
自分は自分でいいんだ。と、どんどん自分らしく生きやすくなっていくことに感動し、
これを伝える側になりたい!!!

という気持ちが芽生えてきて、インストラクターになることを決め、
速読インストラクターになったのです。

不労所得という存在を知る

速読スクールとの出会い、自分自身の変化、インストラクターへ!
という日々を過ごしながら、
もう一方でこんな経験をしていきます。

大阪で知り合った方のご縁でオススメのセミナーがあるよ!
ということで、参加したのが、
ネットワークビジネスのセミナーでした。

その当時はネットワークビジネスというのは全く知りませんでしたので、
これまた素直に驚き、素直に不労所得というものが世の中にあるんだ!!
と感動しました!!

え!?こんなのがあったら、
例えば治療を受けたいけど、お金の余裕がないというような人にも
治療をすることができるんじゃないか?

と思ったことを覚えています!
純粋ですね~~(笑)

のちほど、
ネットでネットワークビジネスがあれやこれや書かれていることにひよりましたが、
その当時の僕なりに取り組んでみました!

結果、、、
全く不労所得をつくることはできず、メンタルをやられてやめました(^▽^;)

今思えば、全くビジネスで結果を出せる考え方でも行動でもなかったので、
そりゃ結果が出ないよね!って感じですけどね。

不労所得という存在を知ったことで、
新大阪で歌っているストリートミュージシャンを横目に見ながら、
あの人めっちゃいい歌を歌うな~!!
ただ、これだけだと食べていけてないんだろうな。
もし月10万円でも不労所得があればこの人はずっと歌を歌えるんだろうな!
そんなことをできたらいいよな~。

なんて思うようになり始めるのです。
このころの想いが今にもつながってきます。

速読インストラクター時代 大阪時代

速読インストラクターとしての活動は、
フランチャイズの本部教室の運営からはじまりました!!

そこで僕は大きな落とし穴にはまることになります。

それが大好きなことを仕事にしていれば、うまくいくもんだ!
ということ。

速読レッスンを受講生として受講することが大好きで
大好きなことを仕事にしたい!!という想いもあり、
やったーー!!と喜んでいたのはいいんですが、
売上が全く上がらない日々。

半年ほど売上を上げることができませんでした。

ひどいときには、
34名の方に体験をして頂き、1名しかご契約頂けなかったことも。。。

悔しすぎて、居酒屋の個室でもなんでもないところで、
当時の仲間とご飯を食べつつも、悔し泣きの連続。

いや~、このころはかなりつらかったですね(^▽^;)

経験を積んでいくことで、
売上を上げる感覚がつかめるようになってきたそんなとき、
名古屋に教室を新規でオープンする話が出ました!

そこに立候補し、拠点を名古屋に移すのです。

速読インストラクター時代 名古屋

名古屋で完全に1人での教室を立ち上げることに、
不安半分、わくわく半分。

全く人脈のないところでの立ち上げだったのですが、
早期にお申込頂いた受講生さんたちの一緒に盛り上げていきました♪

イケイケドンドンな時代(笑)

家と教室の教室の距離は歩いて10分ぐらいの距離でしたが、
夜中まで教室で仕事をして、
その場で寝て、朝帰宅してシャワーを浴びて、また出勤。

みたいなこともしておりました。

苦痛ではなく、それがとっても楽しかったときです!

名古屋には3年弱おりましたが、
その間に2年連続売上全国1位を達成。

名古屋地域には6教室、新しい教室を増やすことができました。

そんななかとある事件が起こります。
スタッフが1人増えたのですが、どうも波長があわず。。。

売上があまり上げられない月がありました。
売上が上がらない=お給料は減る
自営業と従業員のしんどいとこどりみたいな感じでした(笑)

当時はそんなもんかと思っていましたが、
今思うと、そうだったというね!

固定給という